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なんと言うか、いやーな男たちのいやーなお話で、ってそのまんまじゃんって感じですが、本当にそんな感じで、物凄く後味は悪いです。漫才ネタのところ(中川家が書いたんだって!さすがのネタです)とか、コネタとかお腹が捩れるくらい笑えるんだけど、そのうち笑っていることに罪悪感さえ湧いてきます。
無意味なほど人が死ぬし、暴力とかセックスとかあるわけです。で、それらはボイラー室の前の部屋(?)で行われていて、舞台的には奥のほうにあると思われる「話の中の演芸場の舞台」のほうからは観客の笑い声が聞こえてくるわけです。「ほら、こんなことが起きてるのに皆笑ってるよ」って、言われるとぞぞ〜っときます。
ごめん私も笑ってた…と何故か途中で反省してしまう私。まさにその観客の笑い声というのは私たちのことですよね?と劇場中が思ってしまうような。
この無意味なほどのアレコレですが、正直なところ終わって考えてみると「あれ?」っていう感じがあるんですよ。辻褄ちゃんとあってんのか?というようなしっくりこない感覚。一個一個検証すればいいのかもしれないけど、する気も起きないくらい後味悪いし(笑)。あの人がこの人を恨んでて、でこの人はあっちの人を愛してて。みたいなのが順繰りにキレイに繋がっていればいいんでしょうけどね。どうやらそういうもんでもないみたいで。
殺すほどのことかよ?とか死ぬ必要はなかっただろ?とか。いちいち引っかかっちゃう。結局あいつはどうしたかったんだろうか?とか。
でも思えばこの頃現実社会で起きる陰惨な事件とかって、そういうのが多い。動機がいまいちしっくりこなかったり、犯人が逮捕されても結局事件の全容はよくわからず、報道内容からは事件そのものが理解しきれなかったり。
結局精神鑑定に持っていって納得…みたいなのが多いけどホントのところはよくわかんないという。
って思うと、この芝居はこれが狙いか!という気もしてくる。人が何かやらかしてしまうのって、そんなしっかりと説明できるものではないのかも…とか。いや、そういうのがあったとしても所詮他人にはわかんないのかも…とか。そんなところには気づかずに、毎日アホみたいに私たちは笑ってるのかもって。何故か自己嫌悪。この変がいやーな気分になる要因かと。
最近の映画とかドラマってある意味辻褄が合いすぎている傾向にあるのかもしれない。ワープロ世代の特徴だとも言われますが、後から頭に戻って伏線を盛り込むことも容易いから、辻褄は合ってて当然という気分になってしまうのです。話は逸れますがクドカン作品なんかを観ていると凄くソレを感じる。自分がそういう世代のせいか、ソレに慣れてしまっているのかもしれません。良い悪いの意味ではなく。
しかしそう考えてみると現実社会はどうだろう?そうそう辻褄の合う話なんてなくて「なんであの人がいつのまにあいつと付き合ってんだよ」ぐらいのことは日常茶飯事。その延長だと思えば人の気持ちや成り行きなんて、辻褄が合わなくて当然。ミステリー小説じゃないんだもん。事実は小説より奇なりです。
なんとなく結局「してやられた」感にどっぷり。
そんなわけでして、堺さん。
この5人の中でこの役というのは本当にぴったり過ぎて怖い〜。12年前の出来損ない新人マネージャーの鈴木くん。愛するアキラ(橋本さとし)には一見優しくかばわれているようで「ホモホモ」と連呼され気持ち悪がられているし、モッシャン(橋本じゅん)にはSMちっくにいたぶられているし。これがまた無抵抗に、寧ろちょっとそっちの気もあるのか?というぐらいに嬉しそうにヤラレまくり。縛られて脱がされて、ライトで照らされて、タバコの火押し付けられて、写真撮られそうになって…。うひゃ、ごちそうさま〜って感じ(じゅる)。
遊び心のある大人の女性にとってはこんな素敵な遊びはないんですが(笑)。なんか意味が違ってきてる?
それにしても相変わらず洗濯板のような胸。山南切腹シーンのために作られた筋肉はどこへやら。でもこの鈴木くんのいたぶられっぷりを見ていると、洗濯板じゃないと駄目な気がする。白〜い肌。細〜い足。だからこそ意味がある。
これが胸板厚い人だったらあんまり情けなくないもんね。
その彼がイッパシの偉そうな(笑)支配人に成長。誰かにいじめられるというよりも、迫る側に変身しております。この間の12年間に何があったのか?ちょっと覗いてみたい気分。
受けから攻めへ…あ、なんか違う話になってます?
ボンちゃん(山内圭哉)との濃厚なキスシーンもあるしねー(笑)。でもさ、こういうシーンに色気がまったく感じられないってのが堺さんの特徴だよね(欠点とは決して言わない強力なファンフィルター・笑)。愛のないキスだからそれでもいいのか?と納得しそうになるけど、でももうちょっと妖しさがあってもいいじゃん!ねえ?
とりあえず現在の鈴木くんは劇場支配人なんで、スーツに身を固めオールバックというルックス。あの妙に通る声がいかにも「支配人!」って感じ(←頭悪そうな感想文だ)。ホモ視線をぼんちゃんに送る姿は凛々しくて素敵だったわ〜(笑)。普通に男前な鈴木支配人の過去があのオドオド鈴木くんていうのがいいよねー。
でも個人的趣味からいくと、やっぱりいたぶられ系鈴木くんの方がいいな。
きっとそう思うのは、容貌だけじゃなく、あの頃の彼は彼なりに一生懸命だったからなんだ。彼なりに一生懸命頑張っている姿だったから、繋がれてても脱がされてても良かったんだ(そこに拘る・笑)。モッシャンにどんなにいじめられてても。それがアキラのためであれば笑顔でやり過ごすことができる…ある意味それは物凄い強さ。
その彼の心を結局捻じ曲げたのはモッシャンそのものではなくて、好きだったはずのアキラ。優しそうな顔を向けておいて、彼のハムスターを殺してしまう男だった。12年の歳月の後、それを知らされても信じない鈴木さん。挙句の果てには人殺し。
おお、いつのまにか話が戻ってる。
つまりはそういういろんなものが絡み合ってて、わかり易いはずなのにわかりにくくて、すっごく後味が悪い割には面白い舞台だったのです。
兎も角「喜怒哀楽すべての感情を笑顔で表現する男(←うろ覚え)」と言われて、この日一番の笑いをドカンとさらって行った堺さんでしたが、実は鈴木くんもそういう子だったんだよね。堺さん=鈴木くんという意味ではないですよ。ただ、いじめられる辛さも、人を愛する気持ちも、突き放される悲しみも、何もかもを笑顔で表現してきた鈴木くんなのだ…。
そして最後に書いておかねばなるまい。ボイラーマンの八嶋智人さん。凄い。凄いぞー。前半の笑いを牽引していったのは彼でしょう。いきなり暗闇から女性の喘ぎ声で始まるオープニング。状況が掴めず引き気味の劇場の空気を一気に笑いに持っていったのは彼だ。
なんかあの間合い、あの口調。何もかもが面白すぎた。ついでに彼のキレっぷりは本当に怖かった…。すごい役者さんだ。
もう一回みたら印象変わるのかな?この芝居は。わからん。わからんけれどもみょーに惹かれることだけは確かだなあ。ものすごくいやーな男のいやーな話だったけど。
2006.10.1
(鑑賞は8月17日・パルコ劇場にて)
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