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暁子さんとの交歓
朝顔市(入谷鬼子母神)
京おどり
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暁子さんとの交歓
「千葉県産のエコ野菜のテレビコマーシャル、なかなか好評のようですね」、「そぉ、有難う。だけど私の出演料はタダなのよ(笑)」と初対面にしては気さくな返事が返ってきた。
「知事さんが、自ら出演した効果は覿面でしょう。反響も大きいじゃないですか。それに農家の人達の励みにもなりますしね」、「そうなの」と嬉しそう。家内も「テレビで高知の橋本知事とよく比較されますが、千葉県の方が品が良いですよね」と添えてくれた。顔をほころばせながら、「千葉県の野菜をもっと食べてもらいたいわ! 行政の長は地元産業ため、もっとPRしなきゃと思っているの。アメリカの大統領なんかセールスマンそのものなの!」次第に彼女の言葉が真剣味を帯びてくる。野菜の流通が東京中心で、千葉の野菜を買おうと思ったら、東京・大田市場で仕入れなくてはならない。その矛盾をついたあと「昔は、千葉の行商の人たちがたくさん東京に持っていったのに」と、台所を預かる主婦らしいキメ細やかさを覗かせる。「流通経路を直したり、テナント・ショップ作ったり、インターネットで宅配したりして」と会話が弾む。「これだけ堂本さんが力を入れてくれれば、農家の人たちの知恵も出てきますよ、元気になりますよ」と相槌を打つ。「お願い、たくさん食べてね」と締めくくる。千葉市内、某寿司屋のカンターでの、千葉県知事堂本暁子さんとのやり取りである。
この日、甥のD君から、「おじちゃま、今晩、何か美味しいもの喰わしてよ。お母様と弟はデズニーランド、お父様は仕事で遅いって言っていた。俺一人なんだ」、甥からの嬉しい食事の誘いである。「何がイイ?」、少し間があって、「寿司かな」早速、寿司屋に予約した。
午後七時過ぎ、その寿司屋の暖簾を潜る。T社の社長夫妻が会食中。「家内です」と紹介。社長から「事務所の田中先生には、いつもお世話になっています」と返ってきた。「その田中の長男です」と甥を紹介する。百七十五センチの大きな体を直立不動にして、ぴょこんと頭をさげ、「田中 Dです。父がいつもお世話になっています」と立派な挨拶。
カウンターに座った。今度は斜め前にY社の社長夫妻が寿司を摘んでいた。ここでも挨拶。この店は千葉市内でも、最もはやっている店なので、集う客は多士済々である。その結果、挨拶も多くなる。
この寿司屋さんは、不況知らずの繁盛店。美人で気の付くおかみ、二人の可愛い娘姉妹が店を手伝う。ご主人は昔から気の合う仲間。職人気質で料理の達人だ。
八時ちょっと前、店の玄関が開き、五、六人がどっと入ってきた。「いらっしゃい!」、親方の声につられて、そちらを向いたら、千葉県知事の堂本暁子さん一行だ。そして私の一つ隣りの席に座った。座ると、ガラスケースの内のネタを眺め、親方に「おいしいもの頂戴。それにビールも頂くわ」その仕草は、議場、式典等の壇上で見る知事ではなく、普段着の気さくなオバサンの姿であった。すぐそばの県庁から、職場の仲間と一緒に夕食を食べにきたようだ。
座って少し経ったので、「年度末も終わり慰労会ですか?」と声をかけたら、気さくに「このお店が好きなの、お寿司が食べたく、みんなを誘って来たの」と、まるで娘のよう。親方との注文のやり取りは、中年の食通オバサンそのものである。
甥は、育ち盛り。たらふく食べたようで、「満足した?」との問に、「ウン」と大きく頷く。「おあいそ!」と帳場に声を掛ける。
帰りがけ、暁子さんに「お忙しいでしょうから、充分、プライベートな時間を楽しんで下さい」と声をかけた。「名刺ありますか?」と知事から。名刺を見ながら、「あァ、会計士さん。イーメイルあります?」との問に「名刺にアドレスが書いてあります」、「そう、知事マガジンを送ってもいいかしら」と言ってメイルでの再会を約束した。
かわいい甥に食事を誘われ、また、暁子さんに会って楽しい会話が出来た今夜は、何ともハッピーな夜だった。
この寿司さんは人と心が集まる交差点。 「平成15年4月1日」
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朝顔市(入谷鬼子母神)
七夕の朝、四時半過ぎ、パッと目が覚めたので入谷鬼子母神の朝顔市に出かけた。
日曜日の朝五時、京葉道路は車が少ない。台風の前触れのような荒々しい雲が上空一面に拡がるが、車前方の東京方面の少ない雲間に朝日が反射し平和と嵐が混在した朝だった。
車のナビゲーターに従い、首都高速道路の駒方出口で降り、駒方橋を渡り、浅草六区を左に折れ、言問通りの入谷鬼子母神(真源寺)付近に来た。
寺側の歩道沿いには、百二十店の露天の店がぎっしりとお寺まで続く。道路側のひな壇には色々の朝顔を並んでいる。お店の人達は男女を問わず、頭には捻りハチ巻、綿の浴衣地で作った和風模様の粋な作業衣、草履を履いている姿が下町風情をかもしだす。
行き来する人たちに「いらっしゃい。値段はどこでも同じだよ」と声をかける。値段は二千円が中心。高いものでも五千円ぐらい。
日本朝顔は鉢に四色の花が入っている。ピンク、水色、赤、白。そして別に団十郎と言われる茶色(赤紫に近い)の鉢もある。鉢に沿って丸く二段の棚を造り、そこにツルが巻きついている。水を含んだ葉間から、可憐な朝顔が顔を出している。
鬼子母神(真源寺)の境内はそれほど広くない。本堂前の線香台では、頭、顔、体に丁寧に煙をなでつける。お賽銭を上げ、本堂の鈴を二回鳴らしお参りが終了。そして、横の社務所で朝顔のお守りを買った。
鬼子母は、もともと邪悪な性質をもった母親で、何千人もの子供がいたが、人の子を捕えては喰っていたという。それを知ったお釈迦さまが、鬼子母の子供を隠したら、半狂乱なって悲しんだ。子供を無くしたつらさを教え、その行いを戒めさせ仏に帰依させたという。以後、仏法と子どもを守る神として信仰されることになった。下町らしい神様である。
朝顔の選び方は、茎が太い事。葉が少ない事。芽がたくさんある事と立看板に書いてあった。行き交う人をかき分けて進むと、綺麗な鉢を持っている人に会った。「絶品ですね。どこでお求めに?」と私は思わず声をかけていた。嬉しそうに立ち止まって花を見せてくれる。こんなやりとりが自然と出るのが下町の朝市だ。
端から四番目の店までやってきて足を止める。ひな壇奥の鮮やかな青紫の朝顔が目に止まったからだ。沖縄産で値段は五千円と言う。
「ツルはこうやって棚に巻くの」と店のオバサン。「水はどのくらい?」、「たっぷりさ、喜んで大きな花を咲かすよ」とにっこり。 「じゃこれ」「あいよ!」。あちこちで、下町らしい威勢の良いやりとりが聞かれる。
家内は「夕方も楽しみたい」と夕顔も誂えた。釣銭を「チップ」と押し付けると「うれしいね、いい日になるよ〜」と、ひときわ大きな声で礼を言う。気分爽快である。
「お店の名前がないじゃない」、「四番と二十三番がうちの店。江戸川の鹿骨で造っている。名前は真利子農園」。「え、本当、私も真理子という名前」と家内が言うと、「じゃ娘みたいなものじゃない」。気持が通う楽しい買物である。腕一杯に鉢を抱えて帰途につく。
朝七時半過ぎには自宅に戻っていた。縁側に鉢を置いて眺めみた。運んできたせいか、花も大分疲れたようで萎んでいる。また明日楽しめばよい。
新緑の朝の庭は涼しい。薄手の掛布団をかけ、日曜の朝、また寝直しをした。
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京おどり
京都宮川町の歌舞練場で行なわれている「京おどり」に招待された。京都の春を告げる風物詩として殊に有名。古都の春を愛でる絶好の機会だった。四月三日、朝七時前の新幹線のぞみで東京を経ち、京都には九時二〇分に到着。開演まで時間があるので、観光タクシーで嵯峨野界隈を散策した。
天竜寺は臨済宗の禅寺で夢窓国師を開山の祖として、後醍醐天皇を祀るため、足利尊氏が創建したお寺である。その庭園(国の特別史跡名勝第一号)は藤原時代の代表作で世界遺産にも登録された。その後、竜安寺の枯山水の石庭に発展する。禅宗の庭園には、設計にそれぞれ意味があり、大方丈(住職の居間)から見て手前に曹源池があり、その奥は「彼岸の世界」が広がっていた。そこに小さな石橋が架かっており、その橋を渡りかの世界へ。石橋の奥には、滝を見立てた縦長の石組み「龍門の滝」がある。この滝を難行し登り切れば平穏な彼岸の世界に到達するというわけだ。登竜門という言葉はここから出たそうだ。
嵐山を借景にした見事な庭園で、四季折々の草花・木々が庭園に彩を添える。大方丈の奥座敷からの眺めは、一服の絵画・屏風絵であり、座る位置でその景色・趣が異なる。
この年は桜の開花が遅れ、格好の観光シーズンにしては客が少ない。竹林の道を振り返ると嵯峨野の静けさのなかに物悲しさが漂う。
途中、大覚寺を経由し桜博士と言われるお宅の庭で、鮮やかなピンク色の台湾桜と再会(一昨年、台湾を訪問した時、鳥来で対面したものと同じ品種)した。
京おどりは、十二時半の開演。幕前に舞妓さんから「茶の湯」のサービスを受け、前方の座席に座った。館内は熱心な愛好家でほぼ満員の盛況。
舞台袖の拍子木の合図で、舞台一面に照明が点燈、色彩艶やかな舞妓さん、芸奴さんが舞台に浮び上がった。白塗りの顔に薄いピンクの頬紅、小さな紅の口元、あでやかな立姿、豪華な衣装、優雅な舞いが華を咲かせ妍を競う。座席左右の地方さんの合奏(唄と三玄の伴奏)が見事に調和しテンポよく舞台は進行する。白無垢の舞妓さんには幼な顔が残る。着物の襟袖から覗く愛らしいうなじ、着物の袖元から伸びる細い手首と清楚な上腕。「鳴神と絶間姫」との悲恋の舞台は大がかりな仕掛で、なかなかの見ごたえだった。
最後は、全員出演の宮川音頭。まるで宝塚レビューのエンディングのような、華やかで豪華なフィナーレであった。
招待してくれたお茶屋のお女将さんに挨拶し失礼する。遅い昼食は五条大橋東詰の大国町「はり清」。小路にある京都風情が残るお店で、表格子に暖簾が無ければ住宅と見間違えるような質素な佇まい。暖簾を潜ると「おいでやす!」と仲居さんの出迎えをうけ、家の中の板塀路地を案内される。京都独特の町家造りである。大分奥まった所に内玄関がある。さらに坪庭沿いの廊下を何折りかして、座敷に案内された。六畳ほど広さ、左右の障子越しに、水が蒔かれ手入れの行き届いた坪庭を眺める。
京懐石を堪能し、ビールと冷酒でほろ酔い気分、美人の仲居さんとの会話もまた楽しい。嵐山の桜は七分、気分は満開の遅い昼食を味わう。
四時三十分の新幹線の間に合うよう、若女将の見送りを受け帰路に着く。自宅に着いたのは夜八時前。京都は日帰り圏内と実感する。平成十七年四月三日」 |